昔々、逢瀬の谷(猿山灯台近く)に“大蔵之介”という落人と“おやす”の夫婦が、薪炭を造りながら生活していました。この地には天然の湧き水があり、夫婦はこの水の水質と味の良さを誇りとして、生涯この地に住み続けることを誓ったのです。
夫婦には一人娘の“おはる”がいました。“おはる”はとても美人で、麓の村では“山小町”と言われるほど。また毎日両親の仕事の手伝いをする心優しい子でもあり、食べ物の物々交換のために、麓の村を訪ねることもしばしばでした。村人達も、そんな“おはる”の頑張りに応えるように薪拾いや草刈などを手伝ったりもしたのです。
そんな“おはる”ですが、いつしか村の青年“吾一”と恋に落ちました。しかし落人の娘と村の青年。なかなか堂々と会うこともできず、“おはる”は山へ薪拾いに、“吾一”は山へ茅刈りに出かけ、そこでこっそり会うことが毎日の楽しみだったのです。
そんな二人にある日、転機が訪れました。
いつものように山の岩陰でこっそりと二人が会っていると、その石の上になんと!大天狗が現れたのです。
二人は突然のことにとても驚きましたが、大天狗はそんな二人にこう告げました。
『その勤労を讃え、汝等の望みは必ず叶わすであろう』と。
大天狗はそれだけ告げると、フッと消えてしまいました。
それから幾年月。落人の子という障害を乗り越え、二人は大天狗のお告げどおり、めでたく結婚することができました。“吾一”は山の家の婿養子として迎えられ、“大蔵之介”の手助けをすることとなったのです。
“吾一”の働きは、常人とは思えぬとても素晴らしいもので、数年にして富を得(え)、ついにはその富を手に山を降りてしまったのです。
こうして逢瀬の谷の水を誇りとし、この山で果てるとした大蔵之介の誓いは破られてしまいました。
こうゆう昔話には、なにかしらの教訓が含まれていることが多いですが、このお話に関しては“悟り”とは何なのか?を伝えているようです。誓いを守り、名水と共に山で暮らすのが良かったのか、結果的に富を得たんだからそれで良いじゃないか、と取るのか。私にはちょっと分かりませんが、この逢瀬の水は、今は“悟れじの水”として流れ続けています。