今日の駅は、七見駅です。
単式ホーム1面1線を有する地上駅です。
七見駅は平成7年3月17日に開業した、能登線の中で最も新しい駅です。
七見駅が出来る前は、住民たちは隣の鵜川駅を利用しており、七見駅開業は住民たちの「悲願」でした。
住民たちが「七見に駅を」という陳情を繰り返し、ようやく出来た駅でしたが、
住民たちの願い虚しく、わずか10年あまりでその役目を終えてしまいました。能登線各駅の今より
今でも記憶していますが、地元の七見地区の皆さんは、この駅のためにボランティアで整地作業なんかをしていました。本当に悲願だったんですね。
そして、その駅舎は今もしっかりとバス停として利用されています。つくづく七見の皆さんの団結力に関心します。
この七見地区には、今ちょっと世間を騒がせている大相撲の阿武松部屋と深い関係があります。
石川県は、結構相撲が盛んな地域で奥能登一帯でも非常に人気のある競技です。
そしてその阿武松ですが、なんとこの七見の出身なんです。ご存知でしたか?
ご存知ない方はこちらを⇒
クリック
鵜川-七見-矢波-波並-藤波と続く海岸線 この辺りへ来ると、「あぁ 能登に帰って来たな」と若い頃思ったものでした ;;;;(;・・)ゞウーン
廃線後の三番目の駅は、
松波駅です。
島式ホーム1面2線を持つ地上駅で側線が1本(珠洲方面)あります。恋路駅の一駅手前の有人駅でした。
町の中心地からは少し離れていますが往時は、国鉄バスのバス停もありとても賑わってたそうです。
現在、駅舎は以前にも紹介しましたが、
トリビア蔵として利用されています。
今では、すっかり線路も撤去されてしまい元々構内だったところは駐車場や道路に変わってしまっていました。
内浦町史を調べると興味あるデーターがありましたのでご紹介しますね。
松波駅の乗車人数
S38 69,793人 S39 170,452人 S40 195,513人 S50 279,948人 S51 233,298人
S52 194,242人 S53 179,921人 S54 185,294人 S55 174,076人
恋路駅の乗車券販売数
S50 100,000枚 S51 61,300枚 S52 40,100枚 S53 30,300枚
S54 42,000枚 S55 39,935枚 S56 51,228枚
こうしてみると、昭和50年、51年をピークにして年々減少していっていることがうかがえます。
まさに、能登半島
第2次ブームに一致しています。
廃線後の能登町の駅第2弾は、
にわか祭りや
いどり祭りで有名な鵜川駅です。
穴水町から能登町に入っての最初の駅です。昭和34年6月15日で 国鉄能登線て開業し当初は、能登線としての終着駅でした。
ホームはご覧のような島式ホーム1面2線があり側線を有する地上駅でしたが、今は線路も撤去されて荒れ果て、誰も訪れていないようでした。 駅舎は、ブロック造りのしっかりとした達物ですが、鍵がかかっており中には入れなくなっています。
駅は、鵜川の町の中心から離れてはいますが5、6分も歩くと行ける場所にあるので地域の皆さんにとって貴重な鉄道だったことでしょう。そして、
鵜川中学校が駅のすぐそばにあるので通学にはとても便利だったことでしょう。
寛文10年(1670)の村御印では外海船櫂役168匁、猟船櫂役237匁とあるから、廻船や漁に頼った集落でなく農業を主体とした集落だったで、寛文5年(1665)当時、4間・10間の加賀藩塩蔵があり元禄(1688〜1704)頃には製塩が行われていたそうです。(知らなかった・・・・)
そうそう、のと線の各駅を回って気づいたのですが、駅名標がすでにどこも無くなっています。(撤去されたようです)
駅名標をご覧になりたい方はこちら
能登線廃線後の各駅の今