宝暦杉/史跡

2005-06-07 PM 5:46 by moto

(この記事は 2005/03/09 noto.exblog.jp へ掲載したものです)

今日は能登町 旧・柳田村地区の五郎左エ門分にある“宝暦杉”の紹介。


一見すると普通の大木ですが、この杉は旧・柳田村地区の史跡に指定されています。
それはなぜか?こんな悲しいお話が伝えられているからなんです。

宝暦6年(1758)7月
このところ連年の凶作が続き、また時期を同じくして“仮銀札発行”などを動機に蜂起した村民約1,000人が、支配10村を襲撃。

※『宝暦の銀札くずれ』
藩財政は苦しく、加えて藩主が三代も続き若死にしたため、失費もかさみ宝暦5(1755)年に銀札と称する藩札を発行。ところが一層物価高騰をきたし、市中には餓死者が充満し、その翌年、打ちこわしや百姓一揆が起こり、銀札発行を廃止する。
-参考:「利家とまつ」ゆかりの人物

更に事後処理進行中の宝暦8年には組下村々の年貢不足800石が摘発され、寺分地区の“勘十郎”、五郎左エ門分の“太郎次郎”、そして十郎原地区の“藤次郎”が入牢。そのまま獄中で亡くなってしまいました。

この“宝暦杉”は“勘十郎”と“太郎次郎”が入牢の際に植え残したものだと伝えられているのです。

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