能登町民話集/菅沢の宮の奇説

2008-01-05 PM 12:16 by office

能登町七見地区の中を小さな川が流れています。その谷あい十町(1町は約109.09メートル、ですので約11km)
ばかり奥に小さな祠があり、これを菅沢の宮と言いました。今は、七見の白山神社に合祀してありますが当時菅沢の宮の社殿は鵜川の方向の反対を向いて建っていました。
 
 村人は、七見地区の神であるのに他の村を向いているのはいけないと、(矢波方面に向いていたと思われます。)何度もこの宮の向きを変えましたが、その度ごとに、翌朝には再び元の向きにかわっていたといいます。

 昔、村の子供たちが馬をひいてお宮の前を通ったところ、その馬は急にひと所につったって動かなくなることがありました。その時ちょうど通りかかった多左ェ門という人が、子供たちにこれはどうしたことだろうと尋ねられました。

 多左ェ門は、「それはきっと神様がお怒りになったに違いない。そもそもお前たちはどんないたずらをしたのか。」と尋ねました。
 子供たちは、「私どもは社地の中にある石や木が、コウモリのフンで汚れていたので水で洗っただけである。」と答えました。

 多左ェ門は子供たちに代わって、社前にすわり平身低頭してその行いを深くわびたので馬は静かに歩き出しました。それから村人は多左ェ門のことを七見の神主と呼ぶようになりました。これは徳川時代末期に起きたできごとです。

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