能登町民話集/大田原弥十郎

2007-12-30 AM 8:04 by office

能登町(能都町)民話集から大田原弥十郎をご紹介します。

 大田原弥十郎は昔から「オードラヤジョロ」と呼ばれていました。大田原大平家に生まれた百五十年程前の人です。
 足駄をはいて五斗俵(体積(容積)の単位で10升が1斗、明治時代に1升=1.8039リットルと定められたので、1斗=18.039リットル)を両手に一俵ずつ持って歩いたという力持ちでありました。ある日、牛に木棚(薪を六尺立法に積んだもの)を積んで運ぼうとしましたが、余りの重さに牛が動けないので、荷をつけた牛ともどもかついで家へ来たといいます。

 村の相撲会にもよく出かけましたが、五斗力の力士にあえば辛うじて勝ちをおさめ、一石力(10斗が1石)の力士にあえばまた辛うじて倒しました。状況に応じて力がでる体質だったようです。
 何回土俵に上がっても水一杯飲まなかったので「不知水(水知らず)のヤジョロ」と言われました。

 また、ある日のこと弥十郎が、鵜川の浜へ鰯を買いに出たときのことです。漁師がからかって小舟に満載した鰯を指し、「船ごと持ったら、ただでやる」と言いました。
 「よし」と弥十郎は船ごと水面から一尺程持ち上げました。この話は近くの村まで広まり今日まで伝わっています。

 柏木地区から
二km離れた「クルチ」という箇所に白く美しい石(一m四方、約一トンほどある)がありました。「おや美しい石だな」と弥十郎が右手でなでたら、五本の指の跡が深く刻まれたといいます。その石は今も残っています。

 ヤジョロは、和倉の湯の神の授かり子なので手に水かきがあり鱗が三枚あったので、女性は嫌い一生結婚しなかったと古老から今日まで伝えられています。

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