古タヌキと貴船神社

2005-12-21 PM 2:40 by moto

物語中に「魚地(うおのち)」という場所が出ますが、これは現在の能登町・宮地地区のこと。明治8年に宮ノ谷村と合併して「宮地」と改称されました。また「文政社号」(文政:1818~1830)という歴史資料には「魚地に貴船神社がある」と載っていますから、このお話はそれ以前のモノということになりますね。
現在、この宮地地区には“春蘭の里”というグリーンツーリズム関連施設があり、能登の自然や文化・食事などを体験できるようになっています。

昔々、魚地の“木船五郎左ェ門”は村の裏山のそのまた奥の山で炭焼きの仕事をしていました。

11月の末、五郎左ェ門が「かまどの蒸し掛け(炭材に火をつけ、それが燃え尽きる頃にかまどの穴を塞いで、徐々に火を消すこと)」に山へ行き、昼の仕事の疲れで、炭小屋の中でウトウトと居眠りをしていた時のことです。

衣冠束帯をつけた神主のような老人が突然、五郎左ェ門の枕元に現れました。気配を感じた五郎左ェ門はバッと飛び起きましたが、それが神主だったので「こんな山の中で何をしてらっしゃるのですか?」と訊ねました。

しかし老人は「こんな山の中で一人居眠りなどしておると危険であるから、眠らずに注意しておれ!」とだけ言い残すと、フッとその場から消えてしまったのです。

五郎左ェ門は驚きましたが、きっと山の神様が遣わされたモノだと思い、言われたとおり眠らずに我慢していることにしました。

それから間もなくのことです。

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